RNA-Seqデータ解析では、PCA、クラスタリング、ヒートマップ、DEG解析、エンリッチメント解析など、複数の結果が一連の解析として示されます。しかし、それぞれの解析に使われている値は、必ずしも同じではありません。たとえば、DEG解析にはGene Counts、PCAにはVSTやrlog、ヒートマップには正規化後の発現量や遺伝子ごとのZ-score、発現量の表示にはTPMやFPKMが使われることがあります。
このような使い分けは、edgeRやDESeq2のマニュアル、RNA-Seq解析のチュートリアル、iDEP、RaNA-Seq、Galaxy、NetworkAnalystなどの統合解析環境でも、標準的な解析手順として説明されています。一方で、その説明の多くは各工程の妥当性に焦点を当てたものであり、異なる値から得られた結果を解析全体としてどのように結び付けるかについては、これまであまり議論されてきていません。だからこそ、異なる解析結果を一連の結果として結び付けるのであれば、可能な範囲で同じ値を使うのが基本です。 解析目的によって異なる値を使う必要がある場合には、変換前後でサンプルや遺伝子の関係がどのように変わるのかを確認し、それぞれの結果が同じ結論を支持しているかを確かめる必要があります。これは一般的なデータ解析に求められる考え方であり、RNA-Seq解析も例外ではありません。
RNA-Seq解析では、解析ごとに異なる値が使われる
RNA-Seqデータ解析では、同じGene Countsから解析を始めたとしても、その後の工程で異なる正規化やデータ変換が行われます。
| 解析・表示 | 一般的に使われる値の例 | 主な目的 |
|---|---|---|
| DEG解析 | Gene Counts | 実験群間の発現差を統計的に評価する |
| PCA | VST、rlog、log変換後の正規化値 | サンプル間の全体的な違いを可視化する |
| 階層的クラスタリング | 正規化値、VST、rlog、Centering後の値 | サンプルまたは遺伝子の類似性を調べる |
| ヒートマップ | 正規化値、TPM、FPKM、VST、rlog、Z-score | 遺伝子発現パターンを色で可視化する |
| 発現量の表示 | Gene Counts、TPM、FPKM、正規化値 | 個々の遺伝子の発現量を確認する |
| エンリッチメント解析 | DEGリスト、順位付けした遺伝子リスト | 関連するパスウェイやGene Ontologyを調べる |
この表に示した値は、名前が違うだけではありません。正規化やデータ変換によって、値の尺度や分散、遺伝子間の関係、サンプル間の距離、低発現遺伝子と高発現遺伝子の相対的な影響などが変化します。たとえば、ヒートマップでよく使われる遺伝子ごとのZ-scoreでは、それぞれの遺伝子について平均値と標準偏差を基準に再スケーリングするため、もともとの発現量や変動幅が大きく異なる遺伝子でも、同程度に強い色として表示されることがあります。したがって、Gene Countsを使って得られたDEG解析の結果と、Z-scoreを使って描かれたヒートマップは、関連する情報を示すことはあっても、同じ値を別の形式で表示したものではありません。
異なる解析に異なる値を使うこと自体が、直ちに誤りなのではありません。PCAやクラスタリングでは、一般にGene Countsを対数変換した値や、VST、rlogなど、サンプル間の違いを比較しやすい値が使われます。edgeRやDESeq2によるDEG解析では、Countデータの性質をモデル化して実験群間の発現差を統計的に評価し、ヒートマップでは、遺伝子ごとの相対的な増減パターンを見やすくするためにZ-scoreが使われることがあります。つまり、Gene Counts、VST、rlog、TPM、FPKM、Z-scoreには、それぞれ異なる目的があります。問題は、異なる目的で作られた値から得られた結果を、その関係を確認しないまま、同じ発現変化を示す一連の証拠として扱うことです。
個々の解析ツールの妥当性だけでなく、解析結果をつなぐ整合性が必要
RNA-Seqデータ解析を評価する際には、少なくとも次の四つを区別する必要があります。
| 評価項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 妥当性 | それぞれの解析方法が、データと解析目的に適しているか |
| 整合性 | 異なる解析結果を、矛盾なく一つの解析として結び付けられるか |
| 検証可能性 | 結果から元の値や中間データへ戻り、判断の根拠を確認できるか |
| 再現性 | 同じデータと条件から、同じ結果を再び作成できるか |
このうち、妥当性については盛んに議論されています。再現性についても近年重要性が広く認識されるようになってきました。一方で、本記事でいう解析全体の整合性や検証可能性という観点は、少なくともRNA-Seq解析では十分に議論されているとは言えません。
一般的なデータ解析なら、結果同士の接続も検証する
同じデータから複数の解析結果を作ることは、RNA-Seqに限らず広く行われています。 しかし、異なる変数、尺度、正規化、データ変換、抽出条件から作られた結果を、 一つのストーリーとして結び付ける場合には、 その接続の妥当性を確認する必要があります。 たとえば、ある統計解析では絶対的な差や効果量を評価し、 別の可視化では対象ごとに標準化された相対パターンを示しているなら、 その二つは同じ情報ではありません。 一方の図がもう一方の統計結果を支持していると主張するには、 少なくとも次の点を確認する必要があります。
- それぞれの結果がどの値から作られたのか
- データ変換によって何が保存され、何が変化したのか
- 一方の結果を、もう一方の結果の確認として扱ってよいのか
- 異なる値や処理を用いても、同じ結論が支持されるのか
これは、特別に厳しい基準ではありません。 複数の結果を一つの結論へ結び付けるのであれば、 当然必要となる確認です。 RNA-Seq解析だけが、一般的なデータ解析の原則から外れてよい理由はありません。
RNA-Seq解析では、たとえば DEG解析にはGene Countsを使い、ヒートマップにはTPMやFPKMを使う ことがあります。 発現変化の方向は対応していても、低Counts領域の扱いは同じではありません。 TPMやFPKMをそのまま可視化すると、 測定値の小さな違いによる不安定な変動がヒートマップに現れることがあります。 一方、Gene Countsを使ったDEG解析では、 低Counts遺伝子の除外や分散推定などによって、 その影響を抑えることができます。 そのため、ヒートマップで目立つ変化が、 DEG解析でも同じように信頼できる変化として評価されているとは限りません。
同じGene Countsを使っても、評価されるばらつきは同じではない
さらに、DEG解析とヒートマップが同じGene Countsを出発点としていても、 両者が評価しているばらつきは同じではありません。 edgeRやDESeq2では、 各遺伝子で実際に観測された群内ばらつきを そのまま統計判定に使うのではなく、 遺伝子全体から推定した平均と分散の関係を利用して、 各遺伝子の分散を推定します。 そのため、ヒートマップや発現量プロットでは サンプル間のばらつきが大きく見える遺伝子でも、 edgeRやDESeq2では、 観測されたばらつきとは異なるモデル上の分散に基づいて 有意性が評価されている場合があります。
ケーススタディ No.421や No.426では、 edgeRやDESeq2で有意となった遺伝子について、 元の正規化後Gene Countsへ戻り、 実際のサンプル間のばらつきや測定限界との関係を確認しました。 ここでは、ヒートマップや発現量プロットを、 統計モデルによる判定が、 元データで観測される発現パターンと整合しているかを 検証するために使っています。
一方、一般的な論文では、 edgeRやDESeq2で抽出したDEGsをヒートマップに表示し、 DEG解析で得られた結果を分かりやすく示すために使うことがあります。 しかし、ヒートマップは、 DEG解析で評価された内容そのものを表示しているわけではありません。 両者の違いを明示せず、 ヒートマップをDEG解析の結果をそのまま分かりやすく表したものとして提示すると、 DEG解析で評価された内容と同じものが表示されているという 誤解を招く可能性があります。
なぜRNA-Seq解析では、値の不一致が問題として見えにくいのか
RNA-Seq解析では、個々の解析手法がそれぞれ独立して発展してきました。edgeRやDESeq2はDEG解析のために開発され、VSTやrlogは分散を安定化した可視化のために使われ、ヒートマップではパターンを強調するためにZ-scoreが使われます。それぞれの手法には、個別には合理的な説明があります。そのため、「DEG解析にはCountsを使うのが正しい」「PCAにはVSTを使うのが正しい」「ヒートマップにはZ-scoreを使うのが正しい」という説明が積み重なると、すべての工程を組み合わせた解析全体も正しいように見えます。
しかし、これは、 各工程が個別に妥当であることから、工程間の接続も妥当であるとみなしている だけです。異なる値を使うことに理由があるという説明が、異なる値から得られた結果をそのまま結び付けてもよいという説明へ、知らないうちに置き換わっています。
統合RNA-Seq解析パッケージでも、解析全体の整合性は自動的には保証されない
iDEP、RaNA-Seq、Galaxy、NetworkAnalystなどのRNA-Seq解析環境では、データの前処理、PCA、クラスタリング、ヒートマップ、DEG解析、パスウェイ解析、Gene Ontology解析などを、一連のワークフローとして実行できます。GUI上で複数の解析が滑らかにつながっていると、 利用者には、それぞれの結果も自然につながっているように見えます。 しかし、各結果が同じ値や処理から作られていることは、 むしろ少ないでしょう。
実際には、画面を移動する間に、次のような切り替えが行われている可能性があります。
- Gene Countsから正規化値へ変わる
- VSTやrlogによる変換が行われる
- 遺伝子ごとのCenteringやZ-score化が行われる
- 低発現遺伝子のフィルタ条件が変わる
- 解析対象となる遺伝子集合が変わる
- DEGリストからエンリッチメント解析用の遺伝子リストへ変わる
これは、特定のRNA-Seq解析ソフトウェアだけの問題ではありません。RでedgeRやDESeq2を直接実行する場合、複数のパッケージを組み合わせたスクリプトを使う場合、AIにRNA-Seq解析コードを生成させる場合にも、同じ問題が起こります。
解析全体の整合性を考慮する必要がある
解析結果を一連のものとして結び付けるのであれば、PCA、クラスタリング、ヒートマップ、発現量表示などに、同じ正規化、前処理、フィルタリングを施した値を使うことが、解析全体の整合性を確保する最も簡単で強力な方法です。一方、edgeRやDESeq2など、未変換のGene Countsを前提とする方法を使う場合には、発現差解析だけが他の解析とは異なる値と処理に基づくことになります。その場合には、そこで得られた結果と、可視化やクラスタリングの結果が異なる値と処理に基づいていることを明示し、解釈時の注意を促すべきです。
個々の解析ツールや解析手法の妥当性だけでなく、それぞれの結果がどの値から作られ、結果同士を矛盾なく一つの流れとして結び付けられるかを評価する必要があります。本記事では、この解析全体の整合性をAnalysis-wide Consistencyと呼び、新たな評価軸として提案します。
- 一貫性:解析全体で同じ値や処理を共有するという設計・状態
- 整合性:そこから得られた結果同士が矛盾せず、結び付けて解釈できること
- Analysis-wide Consistency:可能な限り一貫した値と処理を使うことで、解析全体の整合性を担保すること
AIによるRNA-Seq自動解析により、この問題は今後さらに見えにくくなる
今後、AIによるRNA-Seq解析の自動化は、さらに加速していくと考えられます。AIは、前処理、PCA、ヒートマップ、DEG解析、エンリッチメント解析を実行し、それぞれの結果を滑らかな文章で説明できるようになるでしょう。そのとき、解析全体の整合性に対する問題意識は、これまで以上に重要になります。なぜなら、AIが一連の解析結果を自然なストーリーとして提示するほど、それらの結果は互いに整合しているように見えるからです。
しかし、AIが生成した説明が滑らかであることは、PCA、ヒートマップ、DEG解析が同じ値を使っていることも、それらの関係が検証されていることも意味しません。AIにRNA-Seq解析を依頼する場合には、次の点を解析者側から明示的に求める必要があります。
- それぞれの解析でどの値を使い、どのような正規化、前処理、フィルタリング、その他のデータ変換を施したかを明示する
- 解析ごとに異なる変換後の値を使っている場合には、可能な範囲で同じ値を用いて解析し直しても、同じ結論が支持されるかを確認する
AIが解析作業を行うようになればなるほど、解析者は明示的にAnalysis-wide Consistencyを意識することが求められるでしょう。
Analysis-wide Consistencyは、ワークフローの再現性とは異なる
RNA-Seqデータ解析では、「一貫性」という言葉が、 NextflowやSnakemakeによるワークフロー管理や、 Docker・Singularityなどによる解析環境の固定という文脈でも使われます。 これらは、同じツール、同じバージョン、同じパラメータを用いて解析を実行し、 誰がいつ実行しても同じ結果を得られるようにするための重要な取り組みです。 ただし、そこで議論されている一貫性は、 同じ解析手順を同じ条件で繰り返せるようにするという意味で、 基本的には再現性の延長にある概念です。ここで述べているAnalysis-wide Consistencyとは異なる論点です。
Subio Platformでは、首尾一貫して同じ値を解析に用いる
Subio Platformでは、同じ変換を施した値を使って、PCA、クラスタリング、DEG解析などを行うため、解析全体の一貫性を維持しやすくなっています。同時に、変換前の値(元データ)と変換後の値をいつでも切り替えて確認できます。そのため、データ変換がそれぞれの解析解析にどのような影響を与えたかを検証することが容易です。
別のデータ変換や解析条件で解析をやり直す場合には、Seriesデータを複製し、それぞれの条件で解析を進めることができます。これにより、複数の解析系列を並行して作成し、結果を比較することも可能です。
Subio Platformを使ったRNA-Seq解析の全体の流れは、 RNA-Seqデータ解析チュートリアル でご確認いただけます。
まとめ:RNA-Seq解析だけを、一般的なデータ解析の例外にしてはならない
RNA-Seq解析では、DEG解析にGene Counts、PCAにVSTやrlog、ヒートマップにZ-scoreなど、解析目的に応じて異なる値を使うことが一般的です。しかし、それぞれの工程が妥当でも、異なる値や処理から得られた解析結果を、一つの解析として矛盾なく結び付けられるとは限りません。
基本的には、可能な限り同じ値と処理を使って各解析を行うことが、解析全体の整合性を確保する最も簡単な方法です。もし、異なる尺度や変換から作られた結果を一連の証拠として扱うなら、それらがどのような関係にあり、同じ結論を支持しているのかを確認する必要があります。これは一般的なデータ解析で求められる原則です。
本記事では、この解析全体にわたる整合性を、 Analysis-wide Consistency と呼び、RNA-Seqデータ解析を評価するための新しい基準として提案します。
