GO解析・Pathway解析は時代遅れになる?|解釈はAIと進める時代へ

RNA-Seqやマイクロアレイ解析では、発現変動遺伝子を抽出した後に、 GO解析やPathway解析を行うことがよくあります。 これらの手法は長い間、オミクスデータ解析の最後に行う 代表的な解釈手段として使われてきました。

しかし、この使い方は急速に古くなるかもしれません。

GO解析やPathway解析そのものがなくなるという意味ではありません。 論文や報告書では、これからもGO termやPathwayの表は残るでしょう。 しかし、その表を人間が一つずつ読み、 そこから生物学的なストーリーを組み立てる作業は、 AIによる要約や文献との照合に置き換わっていくと考えられます。

AIはGO解析・Pathway解析の結果を読むようになる

これまでは、GO解析やPathway解析の結果表を人間が読み、 どのtermが重要そうかを選び、 論文や既存知識と照合しながら解釈していました。

しかし、AIを使えば、長いterm名の一覧、遺伝子リスト、発現パターン、 サンプル情報、疾患名、細胞種、実験条件、既存文献を組み合わせて、 より読みやすい形で要約できます。

解析手法によって評価が分かれた遺伝子群を、発現パターンから再検討する

たとえば、下記の動画の例をご覧ください。 ここで解析対象としたのは、 一般的な発現差解析によって強く抽出された遺伝子群ではありません。

これらは、 paired designにおけるedgeR、DESeq2、t-testの比較 で、 paired t-testでは有意と判定された一方、 edgeRやDESeq2では有意とならなかった遺伝子群です。 発現変動の幅は比較的小さいものの、 各遺伝子のサンプル間パターンを確認すると、 共通する変動パターンを持つ複数のグループが見られました。

このような遺伝子群は、 発現変動幅や特定の解析手法の結果だけを基準にすれば、 除外される可能性があります。 しかし、 共通する変動パターンに何らかの生物学的意味があるなら、 単純に捨ててしまうには惜しい情報です。 そこで、 発現パターンに基づいて5つのクラスターに分け、 各クラスターの遺伝子リストをChatGPTに入力して、 共通する機能やクラスター間の違いを検討しました。

遺伝子リストをAIと一緒に解釈する|GO・Pathway解析後の新しい進め方

この動画は、日本語字幕をご利用いただけます。

上の動画では、クラスターごとの遺伝子リストだけを与えていますが、 現時点では、 クラスターごとのGO解析やPathway解析の結果もAIに渡して、 対話しながら解釈を進めるほうが、より文脈に沿った整理がしやすくなります。 将来的には、AIが遺伝子リストから必要なエンリッチメント解析まで行い、 その結果を含めて解釈を支援する形になるかもしれません。

このような使い方が一般的になると、 GO解析やPathway解析の表を人間が一つずつ読んで解釈する作業は、 実務では次第に主流ではなくなっていくでしょう。

それでも、GO解析・Pathway解析は残る

一方で、AIとの対話には再現性の問題があります。 同じ遺伝子リストをAIに与えても、 使うAIモデル、プロンプト、参照する情報、質問の仕方によって、 出力される説明は変わります。 同じAIを使っても、完全に同じ回答が返ってくるとは限りません。

そのため、論文や公式な報告書では、 どのデータベースを使い、どの統計手法を用い、 どのtermやPathwayが有意だったのかを、 再現可能な形で記録する必要があります。 GO解析やPathway解析の表は、 論文等で再現性のある根拠資料として必要であり続けるでしょう。

論文では表、実務ではAIという分離が起きる

今後、論文だけを読んでいると、 GO解析やPathway解析はこれまで通り使われているように見えるかもしれません。 しかし、実際の解析現場では、 その表をどのように読み、どのtermを重視し、 どのような生物学的ストーリーとして理解するかという部分で、 AIの利用が急速に広がっていくはずです。

つまり、これからRNA-Seqデータ解析を学ぶのであれば、 GO解析やPathway解析の表の読み方だけでなく、 AIへの問いの出し方や、回答を受け取るときの注意点を学ぶことが重要になります。 AIの回答には誤りが含まれることがあります。 もっともらしい説明であっても、元データや文献と照合すると、 根拠が弱いこともあります。 そのため、重要なのはAIを無条件に信じることではありません。 AIを使うことに慣れ、その回答を元データや文献に戻って確認することです。

AIによる解釈は、遺伝子リストと元データの両方に戻って確認する

AIは、 GO解析やPathway解析の結果を要約し、 遺伝子リストから生物学的な意味を説明できます。 しかし、 自然で説得力のある説明が生成されたとしても、 その説明が入力した遺伝子群によって 本当に支持されているとは限りません。 入力リストに含まれていない遺伝子を根拠として挙げたり、 十分に支持されていない解釈をもっともらしく提示したりする ハルシネーションが生じる可能性もあります。 また、 入力した遺伝子リスト自体の妥当性や、 その遺伝子群が抽出された元データの品質まで 自動的に保証してくれるわけではありません。

したがって、 AIによる遺伝子リストの解釈を利用する場合には、 少なくとも二つの段階を区別して検証する必要があります。 一つは、 AIが生成した説明が、 入力した遺伝子リストやエンリッチメント解析の結果によって 支持されているかを確認し、 ハルシネーションが含まれていないかを検証することです。 もう一つは、 その遺伝子リスト自体が、 元の発現データから妥当に抽出されているかを確認することです。

抽出された遺伝子群は、 本当にサンプル間の違いを反映しているのか。 低発現遺伝子のばらつきが混ざっていないか。 外れサンプルやバッチ効果の影響を受けていないか。 正規化やフィルタリングの条件によって、 結果が大きく変わっていないか。 複数の統計手法を用いた場合にも、 同じ遺伝子群や発現パターンが支持されるのか。

これらを確認しないままAIに要約させても、 入力された遺伝子リストに合わせて、 もっともらしい説明が生成されるだけかもしれません。 一方、 統計的に比較的強く支持された遺伝子群を入力した場合でも、 AIが最初に生成する生物学的な解釈に ハルシネーションや不適切な一般化が含まれる可能性があります。

AI時代のオミクス解析で重要になるのは、 AIが出した答えをそのまま採用することではありません。 AIが作った解釈を、 入力した遺伝子リスト、 エンリッチメント解析の結果、 元の発現データ、 PCA、 クラスタリング、 ヒートマップ、 サンプル情報、 遺伝子ごとの発現パターンへ戻って確認できるスキルです。

まとめ

GO解析やPathway解析を終着点にする時代は、終わりつつあります。 これからの解釈は、AIと一緒に進め、その結果を元データで確認する時代へ移っていくのではないでしょうか。

関連トピック

遺伝子リストの解釈に自己検証を取り入れるGeneAgentの試み

遺伝子リストをAIに解釈させる場合、 AIが生成した説明をどのように検証するかが重要になります。 自然で説得力のある説明が生成されても、 その説明が入力した遺伝子群によって 本当に支持されているとは限りません。

この問題に対応する試みの一つとして、 GeneAgent が公開されています。 GeneAgentは、 AIが遺伝子セットの代表的な機能を説明した後、 エンリッチメント解析や遺伝子データベースなどを利用して、 生成した説明を自己検証する研究用のAIエージェントです。 生成AIを利用しながら、 外部の情報源による検証を解析過程に組み込むことで、 生成AIによるハルシネーションの抑制を目指しています。 AIによる説明をそのまま返すのではなく、 生成した説明を検証して必要に応じて修正する仕組みを備えている点は、 今後の遺伝子リスト解析の方向性を示す 興味深い試みです。

そこで、 上の動画で使用した5つのクラスターのうち、 GeneAgentの入力上限である400遺伝子以内に収まった Cluster 3とCluster 5を実際に解析してみました。

Cluster 5では、 最初に細胞ストレス応答に関連する遺伝子群として説明されましたが、 自己検証後には、 翻訳や40Sリボソームサブユニットに関連する遺伝子群へと 代表的な解釈が修正されました。 この結果は、 最初に生成された説明を 外部データベースやエンリッチメント解析によって 再評価することの有用性を示しています。

一方で、 修正前の説明が最終的な文章に残ったり、 入力した遺伝子リストとの対応が十分に確認されないまま 説明が生成されたりする例も見られました。 したがって、 現時点では、 自己検証機能を持つAIであっても、 その結果を人が確認する必要があります。

Cluster 3では、 GeneAgentは最初に、 この遺伝子群をシグナル伝達、 免疫応答、 アポトーシス、 細胞周期、 代謝、 DNA修復、 細胞骨格などに関係するものとして説明しました。 しかし、 その根拠として挙げられた遺伝子の一部は、 入力したCluster 3の遺伝子リストには含まれていませんでした。

先に解析したCluster 3とCluster 5は、 t-testのみで有意と判定された遺伝子から得られたクラスターでした。 そこで、 より強い統計的根拠を持つDEGを用いた場合にも、 GeneAgentの自己検証がどのように働くかを確認するため、 edgeR、DESeq2、paired t-testのすべてで 共通して有意と判定された遺伝子を抽出し、 その発現パターンから得られたクラスターの一つを解析しました。

このクラスターでは、 最初にシグナル伝達と転写制御に関連する遺伝子群として説明されましたが、 自己検証後には、 細胞質リボソームと翻訳を中心とする解釈へ修正されました。 つまり、 複数の統計手法で共通して支持された遺伝子群を用いた場合でも、 AIが最初に生成した生物学的な説明が 適切であるとは限りませんでした。

以上をまとめると、 ChatGPTなどの生成AIに遺伝子リストを入力したときに 最初に得られる説明も、 自然で説得力があるという理由だけで そのまま採用することはできません。 統計的に比較的強く支持された遺伝子群であっても、 その生物学的な解釈は、 エンリッチメント解析や外部データベースを用いて 別途検証する必要があります。

GeneAgentは、 すでに完成された遺伝子リスト解析ツールというより、 AIによる解釈と外部データベースによる検証を組み合わせる 今後の方向性を示す試み として捉えるのがよいでしょう。

今後、 エンリッチメント解析、 遺伝子データベース検索、 文献検索、 複数の遺伝子リストの比較などが AIによって統合されていけば、 遺伝子リストの解釈方法は大きく変わる可能性があります。 今後の発展が期待される、注目すべき分野と言えるでしょう。

Still Loved Records In Ai Era