3′ RNA-Seqは、mRNAの3′末端付近だけをシーケンスし、 遺伝子ごとの発現量を測定する方法です。
多数のサンプルを低コストで測定できる方法として紹介されることがあります。 しかし、少ないリード数でも通常のRNA-Seqと同じ測定感度が得られるかのような説明は、 眉唾ものです。 1サンプルあたりの有効リード数を減らせば、 各遺伝子に割り当てられるリード数も減ります。 3′末端だけを読むことによって、 通常のRNA-Seqと同じ測定感度が 自動的に得られるわけではありません。
しかし、3′ RNA-Seqの重要な可能性は、 限られたシーケンス資源を、 gene-levelのGene Countsの測定に集中させること にあると考えます。
RNA-Seqのダイナミックレンジと低発現遺伝子の測定感度は十分ではない
通常のRNA-Seqでは、 1サンプルあたり数千万リード程度が、 一般的なシーケンス深度として示されることがあります。
ただし、paired-end RNA-Seqにおける 「リード数」の表記には注意が必要です。 たとえば「2,000万リード」と書かれていても、 それが2,000万read pairsを意味する場合と、 Read 1とRead 2を合わせた 2,000万individual readsを意味する場合があります。
後者であれば、 Gene Countsとして数えられるのは1,000万read pairsです。 同じ「2,000万リード」という表記でも、 Gene Countsとして数えられるread pairsの数には 2倍の違いが生じます。
受託シーケンスサービスでは、 paired-endのRead 1とRead 2を合計した individual readsの本数を、 単に総リード数として示している場合があります。 発注する前に、この点を明確に確認する必要があります。
一般的なシーケンス深度でも、 高発現から中程度の遺伝子については、 比較的安定したGene Countsが得られることが多いです。
一方、低発現遺伝子では、 数千万のindividual readsを取得しても、 数カウントから数十カウントしか得られないことがあります。 カウント数が少ない遺伝子では相対的なばらつきが大きくなり、 発現差を安定して評価することが難しくなります。
Fig. 1: 通常のRNA-SeqにおけるGene Countsの分布。 各行は1サンプルを示しています。 多くの遺伝子が、数カウントから数十カウント程度の 低発現領域に分布しています。
Fig. 1のように、通常のRNA-Seqでは多くの遺伝子が 数カウントから数十カウント程度の低発現領域に分布しています。 この領域では相対的なばらつきが大きいため、 一般的に使われているシーケンス深度が 低発現遺伝子の測定に十分とは限りません。
通常のRNA-Seqには、 低発現領域をより正確に測定するために さらに深くシーケンスしたいが、 コストのために妥協せざるを得ない というジレンマがあります。 シーケンス深度を増やせば、 低Count領域の遺伝子を より安定して比較できる領域へ移せる可能性があります。
シーケンス深度を増やしたときに、 どの発現領域のGene Countsが増え、 RNA-Seqデータのダイナミックレンジがどのように変化するかについては、 RNA-Seqのリード深度とダイナミックレンジの関係 でも実データを使って検討しています。
RNA-Seqの多くはgene-levelの発現量比較に使われている
通常のRNA-Seqでは、 paired-end sequencingが広く使われています。 paired-end sequencingでは、 1つのライブラリー断片を両端から読み、 Read 1とRead 2の2本の配列を取得します。
両端から読むことには、明確な利点があります。 より正確なマッピング、新規転写産物の探索、 alternative splicing、融合遺伝子、 構造変化などを調べる場合には、 Read 1とRead 2の位置関係が重要な情報になります。
しかし、実際のRNA-Seq解析では、 新規転写産物やスプライシングを探索するのではなく、 既知の遺伝子についてサンプルごとのGene Countsを計算し、 gene-levelの発現量を比較することが 主要な目的となっている場合が少なくありません。
gene-levelの発現量だけが目的であれば、 paired-end sequencingによって得られる追加情報を 十分に活用していない可能性があります。
3′ RNA-Seqならsingle-endを合理的に選択しやすい
通常のRNA-Seqをsingle-endで実施することも可能です。 ただし、転写産物の全域からランダムに作られた断片を ゲノムやトランスクリプトームへマッピングする場合には、 Read 2があることで マッピング位置を決めやすくなることがあります。
一方、3′ RNA-Seqでは、 poly(A) tailに近い3′末端付近から限定された断片を作ります。 既知遺伝子のgene-levelの発現量測定が目的であれば、 3′末端側を1方向から読むことで定量できるため、 paired-end sequencingの必要性は比較的小さくなります。
代表的な3′ mRNA-Seq法であるQuantSeqでも、 3′末端付近の配列をsingle-endで読み、 遺伝子ごとの発現量を測定できるように設計されています。
つまり、3′ RNA-Seqの利点の一つは、 gene-levelの定量に必要な情報へ対象を絞ることによって、 single-end sequencingを合理的に選択できる ことにあります。
single-end sequencingではRead 2を読まないため、 Read 2に必要なシーケンスcycle、 試薬、装置時間が不要になります。
Read 2を省略して節約できた費用を、 別のlaneやrunを使った追加シーケンスへ 振り向けられるのであれば、 同じ予算でGene Countsとして数えられるreadを より多く取得できる可能性があります。
通常のRNA-SeqではすべてのリードがGene Countsに使われるわけではない
もう一つ考える必要があるのが、 シーケンスしたリードのうち、 実際にGene Countsへ割り当てられる 有効リードの割合です。
通常のpoly(A)-selected RNA-Seqでは、 poly(A) tailを持つ成熟mRNAを選別してから ライブラリーを作成します。 それでも、実際にマッピングしてみると、 すべてのリードが既知遺伝子のexonへ 割り当てられるわけではありません。
データには、次のようなリードが含まれることがあります。
- イントロン領域にマッピングされるリード
- 遺伝子間領域にマッピングされるリード
- 複数のゲノム領域にマッピングされるリード
- rRNAやその他の高発現RNAに由来するリード
- 使用している遺伝子アノテーションでは割り当てられないリード
たとえば、シーケンスしたread pairsのうち、 Gene Countsへ割り当てられる割合が70%であれば、 gene-levelの定量に使われるのは全体の70%です。 残りの30%は、少なくとも既知遺伝子の gene-level DEG解析には直接利用されません。
この70%という値は説明のための仮定であり、 実際の割合はRNAの品質、ライブラリー調製法、 サンプルの種類、マッピング方法、 使用するアノテーションなどによって変わります。
3′末端へ限定すればGene Countsへの割り当て効率が上がる可能性がある
3′ RNA-Seqでは、 poly(A) tailに近い領域から選択的に ライブラリーを作成します。 そのため、転写産物の全域を断片化して読む通常のRNA-Seqとは、 リードの分布が異なります。
成熟したpolyadenylated RNAの3′末端付近へ リードを集中できれば、 イントロンや遺伝子間領域など、 通常のgene-level countsに使われない領域へ リードが分散する割合を減らせる可能性があります。
この場合、3′ RNA-Seqでは、 同じ数のread pairsまたはsingle-end readsを取得したとしても、 Gene Countsへ割り当てられる有効リードの割合が 通常のRNA-Seqより高くなる可能性があります。
ただし、Gene Countsへの割り当て効率が 実際にどの程度改善するかは、 同じRNA試料を使い、 既知遺伝子のエクソン領域にマッピングされるリードの割合を 比較しなければ分かりません。 現時点では、実データで検証すべき仮説です。
3′ RNA-Seqにも固有の問題がある
ただし、3′末端へリードを集中させても、 すべてのリードが正確にGene Countsへ 割り当てられるわけではありません。
- 3′ UTRに反復配列があると一意にマッピングできない
- 近接する遺伝子間でreadの割り当てが曖昧になることがある
- alternative polyadenylationによって3′末端の位置が変化する
- A-richな配列へのinternal primingが起こることがある
- 使用するアノテーションによってGene Countsが変わる可能性がある
- ライブラリーの複雑性が不足すると、深く読んでも重複readが増える
paired-end sequencingには、 マッピングの正確性、alternative splicing、 新規転写産物、融合遺伝子などの解析に明確な利点があります。 そのため、通常のRNA-Seqをすべて 3′ RNA-Seqへ置き換えられるわけではありません。
重要なのは、 解析目的が既知遺伝子のgene-level countsだけである場合にも、 paired-end sequencingを当然の前提としてよいのか を考えることです。
特に、解析対象となる遺伝子の発現量が少ないと予想される場合には、 Read 2へ使う費用と、 Gene Countsとして数えられるリード数を増やすために使う費用の どちらを優先すべきか検討する価値があるのではないでしょうか。
3′ RNA-Seqが低コストになる理由を分けて考える
3′ RNA-Seqは、 1サンプルあたり数百万リード程度の低深度で 実施できる方法として紹介されることがあります。 しかし、通常のRNA-Seqで2,000万read pairsを取得する一方、 3′ RNA-Seqで400万single-end readsしか取得しなければ、 Gene Countsとして数えられるリード数は5分の1になります。
低発現遺伝子では、 通常のRNA-Seqでも数カウントから数十カウントしか 得られない場合があります。 総リード数をさらに減らせば、 0カウントまたは数カウントとなる遺伝子が増え、 発現差を安定して評価することが難しくなります。
3′ RNA-Seqが低コストになる理由は、 次の二つに分けて考える必要があります。
- Read 2を省略することによる合理的な費用削減
- 1サンプルあたりのsingle-end readsを減らすことによる費用削減
前者はgene-level countsを目的とする場合の効率化ですが、 後者では低発現遺伝子の測定深度も低下します。 少ないリード数でも実験が成立することと、 通常のRNA-Seqと同じ範囲の遺伝子を 同じ精度で測定できることは別です。
3′ RNA-Seqの本来の可能性
3′ RNA-Seqの価値は、 測定するリード数を減らして 安く実験することだけにあるのではありません。
むしろ、
- gene-levelの定量では必要性の低いRead 2を省略する
- 節約できた費用を、追加のシーケンスや反復数へ振り向ける
- gene-level countsに必要な3′末端付近へリードを集中させる
- Gene Countsへ割り当てられないリードの割合を減らす
通常のRNA-Seqで低発現遺伝子の測定精度が不足しているのは、 紛れもない事実です。 gene-levelの発現量解析に目的を絞り、 低発現遺伝子を重視するのであれば、 3′ RNA-Seqを、 限られた予算をより効率よくGene Countsへ変換する方法 として検討してみてはいかがでしょうか。