RNA-Seqのリード数とダイナミックレンジ
RNA-Seqで信頼して扱える発現量の範囲は、リード数に大きく依存します。 ここでいうダイナミックレンジとは、単に測定値全体の分布幅ではなく、 ノイズの影響が大きい低カウント領域を除いた、 解析対象として信頼しやすいシグナル領域のことです。
リード数が少ない場合、得られるリードの多くは、 発現量の高い比較的少数の遺伝子によって占められます。 一方、低発現遺伝子の発現量を安定して測定するには、 より多くのリード数が必要になります。
つまり、RNA-Seqでは、低発現遺伝子まで解析対象に含めたいほど、 必要なリード数は増えていきます。 リード数を増やせば、より多くの遺伝子がシグナル領域に入ってきますが、 低発現側までダイナミックレンジを広げようとすると、 必要なリード数は急激に増加します。
注: この記事でいうリード数は、解析対象となるフラグメント数として表しています。 シングルエンドRNA-Seqでは1リードを1フラグメント、 ペアエンドRNA-Seqではリード1とリード2の1ペアを1フラグメントとして数えます。 そのため、ペアエンドRNA-Seqについて、リード1とリード2を別々に数えた総リード数が報告されている場合は、 この記事中のリード数と比較するときには、およそ半分として考えてください。
たとえば、ここで示したようなデータでは、リード数が1000万程度の場合、 フィルタリング条件やサンプルの性質にもよりますが、 発現量の高いほうからおよそ1万遺伝子程度が、 比較的安定して扱いやすい解析対象になると考えられます。 ただし、安定して測定できる遺伝子数は、 組織、ライブラリ調製法、RNAの品質、マッピング率、発現量の分布などによって変わります。 そこからさらに低発現領域まで解析対象を広げようとすると、 必要なリード数は大きく増加します。
この点は、TPM、FPKM、RPKMなどに変換した後の値だけを見ていると、
見落としやすくなります。
TPMやFPKMでは、遺伝子長による正規化によって値の範囲が広がって見えることがあります。
しかし、それは低カウント領域の測定信頼性が高くなったことを意味しません。
詳しくは、RNA-Seqの発現差解析でTPM、FPKM、RPKMを使うべきではない理由
もご参照ください。
RNA-Seqのダイナミックレンジを検討する場合は、 TPM、FPKM、RPKMではなく、元のCount値やリード数を確認することが重要です。
インプットRNA量にも注意する
リード数だけでなく、インプットRNAの量も、 RNA-Seqで信頼して扱える発現量の範囲に大きく影響します。 超微量インプットのRNA-Seqや single-cell RNA-Seqでは、 1サンプルまたは1細胞から得られる分子数が限られるため、 bulk RNA-Seqとは異なる制約を受けます。 技術の進歩によって改善は進んでいますが、 低発現遺伝子を安定して定量するには、 通常のbulk RNA-Seq以上に注意が必要です。 特に、低カウント領域では、発現していないのか、 たまたま検出されなかったのかを慎重に判断する必要があります。
サンプル間のリード数差にも注意する
同じRNA-Seqデータセット内でも、サンプルごとの総リード数には差が出ます。 複数のデータセットを見ていると、 最もリード数の多いサンプルと少ないサンプルの間に、 2倍以上、場合によっては数倍程度の差が生じることも珍しくありません。 また、サンプル数が増えるほど、 予定したリード数を大きく下回るサンプルが含まれる可能性も高くなります。
データ解析では、最もリード数の少ないサンプルに合わせて、 フィルタリングや解釈の範囲を考える必要があります。 したがって、実験計画の段階では、 シーケンサーのカタログ上の理論値や、 サンプル数で均等に割った平均値だけを前提にするのではなく、 最もリード数の少ないサンプルでは、 実際に得られるリード数が予定値の半分程度になる可能性も見込んでおく方が安全です。
3' RNA-Seqでもリード数の制約は残る
3' RNA-Seqは、転写産物全体ではなく、主に3'末端付近をシーケンスする方法です。 遺伝子長の影響を受けにくく、多数のサンプルを効率よく処理しやすいという利点があります。
一方で、3' RNA-Seqにすれば、少ないリード数でも低発現遺伝子まで安定して測定できる、 という意味ではありません。 低発現遺伝子を信頼して扱うには、やはり十分な分子数とリード数が必要です。(参照:3′ RNA-Seqを使う意味 - 同じコストでも低発現遺伝子をより深く測れる可能性)
低発現の遺伝子を観測しようと思ったら、高発現RNAを除去することも一つの選択肢です。
まとめ
RNA-Seqでは、正規化後の値や解析結果だけを見ていると、 そもそも十分なリード数が得られているかどうかを見落としやすくなります。 しかし、リード数が不足していれば、 低発現領域の解釈は不安定になります。
RNA-Seqのダイナミックレンジを考えるときは、 まず総リード数と、マッピング後に解析で利用できる有効フラグメント数を確認し、そのうえでGene Countsの分布やサンプル間の再現性を実際に見ながら判断してください。